第1章 旅立ち
2001年秋。
私は、ルーマニアのオトペニ空港に降り立ちました。
期待と不安を胸いっぱいに!
日本の大学生の私は、交換留学生として、ブカレストで1年間過ごすためにやってきたのでした。
それまでの私の、ルーマニアに対する知識といえば、「コマネチ」「ドラキュラ」程度のものでした。
それなのに、なぜルーマニアなのか?
それは、私の尊敬する仲のよい先輩が、2年前、ルーマニア留学を経験し、彼女の話はとっても魅力的だったからです。
そして、大学生で好奇心の強い年頃、世界を感じたい!という想いや、外国で暮らしたい!という憧れが強かったんですね。
私の在籍していた大学はブカレスト大学と姉妹校提携をしていました。
ブカレスト大学は、日本でいう東京大学みたいなものでしょうか。
その英語学科に1年間通うことになりました。
しかし、私は英語は好きだけれども話せないという状態。ましてや、ルーマニア語なんてまったく分かりません。
唯一の頼りは、私が日本の大学にいる間、ルーマニアから日本に留学していた男子学生、日本語も話せるし、何かあったときは助けてくれる頼りがいのある、面倒見のよい好青年だけでした。
私は好奇心を胸いっぱいに、ブカレストにやって来たのでした。
ルーマニアでは、日本人はとても珍しい存在で、日本という国も遠いアジアの魅惑の国、という印象みたい。
大学でも街の中でも、人は不躾なほどに興味を示してきました。
でもクラスでは学生は、私のつたない英語にもみんなとても親切にしてくれました。
中でも、クラスメイトのRは、授業の時も助けてくれたり、日本のことにもとても興味を持って話しかけてくれたりする親切な女の子。
クリスマスホリディに入る直前、そのRが私にメモを渡し、言いました。
「私のボーイフレンドがルームシェアをしている人が、日本のことがとっても好きなの。一度連絡をとってみたら?」
そのメモには、「Rの彼氏とルームシェアをしている日本好きの男の人」のメールアドレスが書かれていました。
私は、ルーマニアの友達と出かけたり、パーティに行ったりしても、どこか希薄な人間関係と、必死になっている毎日の生活と言葉にストレスを感じていました。
街を歩いていても、「キネーゼ!(中国人)」と野次を飛ばされたり、軽い言葉でナンパしてくる若いルーマニア人男にウンザリしていました。
だから、この「Rの彼氏とルームシェアをしている日本好きの男の人」とも、数回のメールのやり取りで終わるだろうと思っていました。
案の定、私は彼とたわいもないメールの交換をし、しかしそれは意外にも数ヶ月続きました。